このような PowerPoint のスライドが、図面担当のスタート地点になります。
NOC が中心となって、数年先のトレンドを睨んだネットワークのアウトラインを、まずは型番を入れないレベルで作成します。次に必要となる機材の仕様をコントリビュータに伝えます。提供していただける箱の一覧が出来上がると、そのアウトラインに実際に型番をはめ込んでいって、ポート数などの粗い仕様から箱の配置を調整します。そうして半年ほどをかけて、このような図面を作成します。
このパワポの色使いを見てピンとくる方は、ShowNet の図面を長い間見てきた方でしょう。L1 は青、L2 は緑、L3 は赤、それ以上はオレンジ、これは私の各レイヤに対するイメージカラーで、図面で十年以上使っているものです。そのためなのか、ShowNet で育った人たちは「この箱はミドリのほうが...」「いや実際はアカミドリで...」のように、それが〝共通言語〟となっていて、自然とパワポもこのような色使いになってしまうようです。
概ねこのパワポ通りの箱のレイアウトで始めますが、見やすさの追求のためこの段階で大胆な配置換えも厭いません。終わりに近づけば近づくほど配置換えの作業コストが重くなるばかりか、一旦その図面上の〝位置関係〟に見慣れてしまったエンジニアにとって、場所の移動は意外なほど混乱を引き起こすからです。
次に、本ブログの第二回でもますけん先生が紹介している〝トラブルチケットデータベース〟に投入されていくインタフェースやアドレス情報などを元に、詳細を書き込んでいきます。初期の段階では、単純なタイポや私の勘違いが多く含まれていますから、仲間からの訂正依頼は忘れないうちに直します。
そのような訂正の多くは、図面をプリントした紙にボールペンで赤入れしたものです。そういった紙やペン、トランシーバや拡声器のようなプリミティブな小道具たちが、意外にもハイテクなゲンバのコントロールプレーンを支えます。
ある程度の区切りがついた深夜。スナップショットを PDF にしてアップローダにリリースし、それを数十枚プリントします。そして、まるで昇ってきた朝日を避けるが如くゾンビのような足取りでホテルまで辿り着くと、バスタブに浮いたり沈んだりしてから数時間の睡眠を取ります。
目覚まし時計ですんなり起きられれば良いのですが、徹夜を繰り返して寝不足が蓄積していくとリブート失敗という事態も引き起こしますから、ルームクリーニング様による強制目覚ましをバックアップとして期待しつつ〝Don't Disturb〟は掛けません。そうしてようやくベッドから這い出すと、右肩で磁気の結界を張りめぐらしている呪物をおもむろに貼り直し、幕張メッセのゲンバに舞い戻ります。
こうした休日無しの突貫作業をおよそ二週間、続けるわけです。
コントリビュータの皆さんであれば、それはマーケティングの一環であり仕事の一部という見方が出来ますが、NOC メンバや STM は所属する組織を越えた取り組みが前提になります。その仕事は量もさることながら、内容も生業を超えたものとなりますが、私たちはいわば志願兵のようなもの。メゲてしまうことは許されません。
図面を追い込んでいくうちに、多くの部分で詳細が詰められていなかったり、実際に製品を config し始めるまで知り得なかった〝仕様〟の問題から、原型の設計を曲げざるを得ない箱にぶち当たります。そこから先はドキュメントの存在しないボス部屋と化します。各箱にアサインされた担当から事情徴収したり、その目が早くも死にかけている場合は、実際の config や stat から事実を拾います。特に絶賛デバッグ中の焦げ付いてる箱では、同時に担当ももはや生焼けです。
担当「ブロードキャストします。何々くん絶賛脳死中。これから電気ショックしますのでネイバーはご留意ください。」
そのうち拡声器からこのような悲痛なアナウンスが聞こえてきます。
フォワーディングしている手足、つまりハードウェアは生きていながらもソフトウェアは死んでいる状態、それを〝脳死〟と呼びます。そうした箱は、CPU まで上がる仕事を放棄してしまうばかりかコマンドすら聞いてくれないため〝電気ショック〟を施します。これは電源ケーブルの抜き差しのことで、つまりコールドスタートです。ほとんどの箱には電源スイッチなどありませんし、二重化電源になっていますから、両手でケーブルを持ちながら引っこ抜いて再び挿し込む。その際に、パチっと火花を散らす様がどこか除細動器のように見えるからでしょう。
親方「よし俺がやる。」格闘家「ちょいまってくだ」「クリアー!」
「ちょ、そっちは元気だって!」「・x・;」「;x;」
(写真とセリフはイメージです)
図面担当は、こういったトラブルがもたらす〝しわ寄せの終着点〟ですから、嫌でも気になるというもの。
不安定な箱を相手にしている時の端末の操作は、その人の特徴が顕著に現れるためとても興味深いものがあります。(タタタッ...タタッ...)とすごいスピードでコマンドを入力して行全体を一瞥、すかさず(ッターン!)とエンターキー......と、ここまではよく目にする光景ですが、続けてエンターをダダダダと連打してターミナルいっぱいにプロンプトを並べる人がいます。これはエスパーです。
「今のでイってねーな?大丈夫だな?」
と、箱の肩を揺すって生死を確認しているかのようです。プロンプトはソフトウェアが返しているものですから、返事する以上は少なくとも脳死していません。逆にプロンプトを返さなくなったということは、今投入したコマンドがその箱の秘孔を突いてしまったという事です。
また、たとえ応答していたとしても、
「重ぇ...マジイキ五秒前かも」
と、そのエンターの微妙な重さの違いで次に起こるイベントの兆しを嗅ぎ当てます。日々ベータコードをテストしているコントリビュータはもとより、ISP や IX オペレータのような背景を持つ NOC は、フルルートの上を優雅に散歩しながらも万が一その指先が滑ると数百万人に影響を及ぼすようなクリティカルな日常を送っていますから、普段と異なる挙動には特に敏感です。
こういったアナウンスが伝わってくると危険信号で、皆もどの箱が焦げているのか空気で感じ取ります。恐る恐る箱に入ってみると、config には生々しい戦闘の痕跡が見られ、ログは同じ秒が何行続くんだというほどの焼け野原。そのうちモジュールのスロットずらしのような黒魔術のフェーズともなれば、desc はおろかヒモに貼られたタグも怪しくなってたり、CPU がビジー過ぎて LLDP から残像が消えずに dup ったままになっていたりと、信用度が乏しい状態に陥っています。
そういう状況で図面に必要となる接続を知るには、実際にヒモを手繰るのが確実です。NOC ラックの裏側を見たことのある人には、それがどれほど悲惨なものか想像できるでしょう。ようやく辿り着いた先でそれがパッチ盤やタップに吸い込まれていたりすると、悲劇は倍増します。
こうした配線を見られた方のブログに、印象深い感想がありました。
「あんなスパゲッティ配線がプロの仕事だとはな...」
それはむしろ逆なのではないかと思います。二週間で命を吹きこまれ、半日で消滅する儚い AS、そのようなものに思いを馳せると ShowNet はさながら蜃気楼のようです。そこでは構築速度こそが美徳とされ、数日の運用期間さえ乗り切れば成功なのです。
まるで黄色い糸を吐き散らす巨大蜘蛛が巣食うボス部屋のような佇まい。実のところ私は、そんななりふり構わない姿に萌えまくりです。そもそも、こんなカオスなヒモ捌きなど普段の仕事ではまずやれるものではありません。打ち上げなどで〝社会復帰〟という溜息混じりの話が聞こえてくる光景がその非日常ぶりを端的に表現しているように、ShowNet のゲンバは抑圧された一般業務という日常から私たちを解放してやりたいことをやらせてくれる、年に一度の〝お祭り〟なのです。
さて、そんなこんなで調べを進めていくと、どうにも意図がわからない物理や論理が唐突に姿を現します。そういう時はエスパーに聞くのが一番です。
私「なんでこんなとこに L2 挟んでんの?」
タカ「ポート足んなくて、おかわり。」
そういった分かりやすい事情がある一方で、
私「この無理やりっぽい VLAN、まさか...」
タカ「それは(ヤバいので割愛)L2 ぶっこ抜きで、ぬるぽ。」
という、図面にわかりやすく落としこむと逆にまずいようなデリケートな背景を持つ config も、中にはあります。
ゲンバレベルで収束しない箱の問題は、コントリビュータを通してデベロッパへとエスカレーションされます。ShowNet スペシャルなファームウェアが米国から毎朝ロールアウトしてきたりなどは、序章に過ぎません。漢気 (おとこぎ) の誉高いベンダーともなれば、デベロッパその人がラック前の床に寝ころがってゲンバビルドをゴリゴリおっぱじめるなど、そのあまりのフリーダムっぷりに、感心するのを通り越して萌えるばかりです。
しかしそんな努力も虚しく、とうとう会期までに間に合わないものも毎年一つや二つは出てくるものです。最先端の枯れていないハードやソフトを全力投入しているのですから、こればかりは避けようがありません。万策尽きると、NOC ジェネラリストの判断のもと〝バイパス手術〟などを施してこうした問題を回避しますが、そのような問題を公表することもありません。
「おいちょっとまて。そういうコトが知りたいんだよ!」
製品選定をされるような方の中には、そう憤る方もいらっしゃるでしょう。でも落ち着いて聞いてください。
ShowNet はコントリビュータ、つまりスポンサー様から提供して頂いている機材でほぼ全てが構成されています。2012 年に至っては総額 53 億円もの機材が投入されました。「これほど金がかかっているから凄い!」などと寒いことを言いたいわけではありません。カッティングエッジなデバイスが集合すると結果的にそういった高額なものばかりになるということと、そのような製品をこの規模で集合させるためにはスポンサー様の協力抜きではまず成し得ない、そういった現実をご理解頂きたいのです。そのような背景があるため、ネガティブな情報を公表するような体制ではスポンサーとして次の年からの提供が難しくなり、それはつまり自分の首を絞るのと同義です。
「なんだ、大人の事情じゃん。」
とはいえ、一見ネガティブと思える力であっても〝俺達はバグってもタダで起きない〟と思えば、極性を反転できます。ベンダーのテストサイトではなかなか再現出来ないような、複雑でかつ枯れていない環境で初めて発火する事象が多いため、そのダンプはとても貴重なものです。その年は残念な結果しか残せなかった箱であったとしても、私たちが収集したダンプはデベロッパサイドで活用されます。その結果、一見無関係そうに思えるコマンドの投入が秘孔を突っついてしまい勝手に reload していた箱、さっきまで元気だったのに極太の v6 マルチをくべるとこっそり脳死する箱、そういったものが翌年にはケロッとしていたりします。
私たちはそんな箱たちの健気な成長を、これまで何度も目の当たりにしてきました。
これは INTER-OPerability という言葉を冠したイベントが、脈々と受け継いできた伝統です。
Internet がまだ研究者のものだった太古の AS 番号〝290〟が物語るように、彼らが様々な実装を持ち寄って、相互接続性の実験をする学術系イベントとして米国でスタートした INTEROP。研究対象でしかなかった Internet がやがて世界の人々をつなぐインフラとなった今日でも、当時の思想は健在です。
NOC メンバの中には多くの大学人が所属しており、歴代の NOC ジェネラリストを構成するなど大きい影響力を持ちます。こういった人々には、オープンこそが正義でありプロプラは必要悪という思想が根底にあります。例えそういうものを使うとしてもごく一部の範囲に封じようとしますし、ましてそんな技術で ShowNet 全体を覆い尽くすような発想には至りません。アカデミズムという頑固な抗体をその血に持つ ShowNet は、大人の力学が及ぼす影響を生存限界ギリギリで平衡させます。
図面担当もそうした〝事情〟をある程度は考慮しなくてはなりませんが、バイパス手術などの回避策を図面に入れないわけにも行きません。事情を知らないエンジニアが道標のないダンジョンに迷い込み、翌朝 NOC ラックのそばから無残な爆眠姿で発見されると目も当てられませんから、さり気なく図面にいれるサジ加減がいります。