このスクリーンショットは、そういった作業のある日のマウスの動きを記録したものです。
作業範囲が右側に偏っているのは私が右利きだからでしょう。散っている黒いシミはマウスが静止している期間を表していて、その休憩時間――あるいは何かにハマって悶絶している時間――の長さに直径が比例します。
ご覧のとおり、図面の制作には汎用のベクター系ツール Adobe Illustrator を使います。Visio のようなダイアグラム専用ツールはおろか、PowerPoint にも当たり前のように備わっているでしょう、箱をドラッグするとヒモやキャプションが一緒にくっついてきてくれるような、アレです。しかし、ダイアグラム特有のそんな卑猥な機能など、誠に残念ながら硬派なこのソフトウェアにはありません。
例えば、ある箱を移動したとしましょう。すると、関係するヒモの角度も変わるため、それに沿って配置しているインタフェース名も手で回してヒモに沿わせる必要があります。つまりほぼ全てマニュアルオペレーションです。実際に右手で行う操作量は生半可なものではありませんから、マウスは特に重要なデバイスとなります。
私は元ゲーマー (謎) ですから、ここには考えうる自前のギアを惜しみなく投入します。マウス・パッド・ ソール ・アンテナなど、こういった FPS 業界御用達の摩擦係数を著しく軽減してくれる小道具は欠かせません。しかし、この図面には最終的に五千以上のオブジェクトが載っかりますから、そのような物理的な対策にも限界があります。
冒頭でも触れましたが、ゲーマーの一部で――いや、私だけでしょうけど、〝マウス筋〟と呼んでいるところの腱鞘炎が、毎年この図面作業へ深刻な影響を与えるのです。朝からマウスを握り始めると、夕刻頃には右肩の肩甲骨の周りが痛くなってきて、26 時頃ともなると背中全体が痺れてきます。まるで図面が私の右手の運動能力を養分にして育っていくかのようです。
とはいえ、経験上この警告を無視して育てていると、いきなりパイプ椅子の上でスタックして微動だにできなくなる時が来ます。首すら振れなくなりながらも、プルプルしてるようなかなり間抜けな姿ですが、そもそも自分のそんな状態に笑ってしまうと息が止まるほどの激痛なので、まるで笑えません。
私たちはそんな事態になる前に召喚呪文をキャストし、どこからともなく現れた大魔神から生暖かいヒールをもらいます。
ゲンバとはつまり己との戦いなのです。
まだ枯れていないデザインやドラフト段階のプロトコル。最先端の装置やソフトウェアをマルチベンダーでふんだんに投入しながらも、ネクストホップを同じベンダーにするようなヌルいことなど私たちには許されない――ただでさえそんな常軌を逸したデザインを最善努力しようというのに、〝納期〟が一年も前から時刻単位でガチで決まってるゲンバというものを、想像してみてください。あなたがそのスジの方なら、毎夜毎夜と〝小人さん〟まで出動する睡眠知らずの修羅場となるであろうことは想像に難くないでしょう。NOC メンバや STM は幕張メッセの隣のホテル住まいですから、すぐそこにベッドがあるという安心感がそのエンドレスぶりに拍車をかけます。
足長「相互接続性を標榜するイベント、そんなん当たり前や。泣き言は終わってからにせえ。」
そうはおっしゃいますが!普段ならたったの一行...そう、それこそたった数秒のタイプで終わるようなもの...それがものの見事に秘孔をクリティカルヒット。米国のデベロッパまで巻き込んだ二十四時間体制のデバッグ大会へと暗転させます。今時の箱は、ゲンバでハードウェアも書き換えられるうえ、米国はタイムゾーン上ちょうど私たちがハマったダンプが出揃う頃に日が昇ります。
慢性的な寝不足人間が出来上がる要素に、まるで事欠かないのです。
でも考えてもみてください。全くつまづきの無いようなモノ作りの、一体どこに面白さがあるというのでしょうか。